近年、経済産業省が介護分野で矢継ぎ早に政策を打ち出し、注目を集めています。これまで介護政策の主軸を担ってきた厚生労働省とは異なるアプローチで、産業振興や企業経営の観点から「高齢者・介護サービスの振興」や「仕事と介護の両立」に切り込んでいます。この3年間の変革を裏で支えたキーパーソンの一人が、同省ヘルスケア産業課の鶴山あかね係長です。市町村や特別区の保険者として、高齢者の健康増進と保険料の持続可能性に関心を寄せる皆様にとって、経済産業省の取組は、新たな官民連携や地域包括ケアシステム構築のヒントに繋がるはずです。今回は、株式会社最中屋の結城崇が、鶴山氏のこれまでの3年間の奮闘と、その原動力、そして今後の展望について、深く切り込んだインタビューの模様をお届けします。
三年間の取組を一言で表すと「やりたいことを全部やる」
結城:鶴山さん、この三年間、本当にお疲れ様でした。まずは、この経済産業省のヘルスケア産業課の介護チームでの取組を振り返って、一言で言うとどんな三年間でしたか?
鶴山:そうですね、「やりたいことを全部やる」ということです。やりきれたかは置いておいて、常にそう思いながら働いていました。
結城:「全部やる」、すごいですね。では具体的に、これまでどのようなことに取り組んでこられたのか、ご紹介いただけますか?
鶴山:はい。経済産業省としては、大きく分けて三つの取組を推進してきました。実は、その中で根底にある重要な要素は「社会機運の醸成」だと思っています。
【経済産業省における介護分野の主な施策】

- 介護需要の新たな受け皿整備(介護保険外サービスの振興)
- 企業における両立支援の充実
- 介護に関する社会機運醸成
まず、「介護需要の多様な受け皿の整備」では、現役世代が支える高齢者の方々が、地域でより自立的な生活を継続できるよう、多様な主体を巻き込み、保険外サービスなどを充実させていく産業創出の側面を持つ施策です。自治体の福祉部署や現場の様々なプレイヤーの声を聞きながら、必要なサービスをどう生み出すかを考えてきました。
「企業における両立支援の充実」は、仕事と介護を両立する現役世代のパフォーマンス低下が、企業の業績、ひいては日本経済全体に与えるインパクトを軽減するための取組です。
そして、「社会機運の醸成」の一環が「OPEN CARE PROJECT」です。介護領域は、介護離職や現場の生産性向上など、様々な課題を抱えており、私たちは、介護を「個人の課題」から「みんなの話題」へと転換することを目指しています。もちろん、個人が外に向けてオープンにすることも、社会がそれに気づいて「みんなの話題だね」と認知することも、非常にハードルが高い。しかし、この社会の認識が変わることで、ご紹介した二つの施策、つまり保険外サービスの振興や企業の両立支援の取組の促進も自然と前に進んでいくと考えています。

政策実現の秘訣は「現場を知る」ことと「正解にするための動き」
結城:これだけの取組を、省庁のローテーションという限られた時間の中で、なぜ実現できたのでしょうか?
鶴山:まず「現状を知る」こと、特にマクロな話だけでなく「現場を知る」、現場にいる人の声を聞くことを、チームとして非常に大事にしてきました。机上の空論ではなく、現場に行くと、データには現れない奥深い課題が無限に出てきます。「これを変えた先の未来が見たい」という思いが、私たちの原動力でした。
現場で声を聞いていると、直感的に「これが鍵になるはずだ」と反応できるようになります。その直感は、現場を知れば知るほど研ぎ澄まされる感覚です。そして「これだ」と決めたからには、短い期間の中でそれを「正解にするために動いていく」。年度内や期間内、その時間内にきちんと仕上げることをチームで意識していました。
結城:現場に入っていく上で、本音を話し合えるコツはあるのでしょうか?
鶴山:まずは「自己開示」ですね。行政の立場として格好つけた目的を言うことはできますが、それだけでなく、自分が本当に知りたいという純粋な知的好奇心や、自分の感覚をオープンに伝えるようにしています。「ここがすごいですね」とか「なぜここはうまくいかないんですか?」と、よりシンプルな問いを投げかけることで、相手も心を開いてくれるように感じます。介護の現場にいる方々は、人の表情や空気を読むのが本当に上手なので。人間関係は鏡のようなもので、私たちがオープンな姿勢で臨むことで、現場の方々も応えてくれたのだと思います。
ぶつかり合いから生まれた最強のコンビ
結城:鶴山さんと言えば、水口さん(編集者注:経済産業省課長補佐であり、鶴山あかね氏の直属の上司)とのコンビが印象的です。役割分担はどのようにされていたのですか?
鶴山:実は、仕事における価値観や方向性は一致しているものの、得意な思考パターンは逆だと思っていました。例え話ですが、水口さんは「地図を広げて、家を建てる」ような、俯瞰的な思考に長けている人です。この土地に必要な、こんな家を建てるべきだ、という大きな構想を描く力がある。そして私は細部に踏み込んだ視点が得意で、その家の中に「どんな家具を置いて、どんな人に住んでもらうか、実現するためにどこに手配するか」のような具体的な想像が得意でした。
その視点の違いがあったからこそ、施策を推進していくうえで両面からバランスを取れたのだと思います。お互いの得意なこと、楽しいと思える角度が異なっていたからこそ、2年、3年と走り続けられたのかもしれません。
「響かない壁」との闘いと、未来への確かな手応え
結城:これだけの政策を短期間で進める上で、苦労したことは何ですか?
鶴山:一次情報に触れて当事者意識が高まっている私たちと、課題感を全く持っていない人との間にある「壁」ですね。介護は誰にでも関係があることなのに、「自分たちには関係ない」というフィルターによって、私たちの言葉がびっくりするくらい響かないことがありました。それを響かせられない自分の不甲斐なさに、悔しい思いをしました。高齢化が進み、課題に直面する人は確実に増えていく中で、「なんでもっと早く言ってくれなかったの」という日が来るのが嫌だからこそ、なんとか突破したかったのですが、その壁はまだまだ厚かったです。
結城:そのような困難の中で、どのような成果や手応えを感じていますか?
鶴山:はい、嬉しいことももちろんありました。企業の介護両立支援では、2023年に「経営者向けガイドライン」を公表しました。厚生労働省の人事施策とはまた違った角度で、経済産業省のガイドラインでは介護両立支援が経営にどう影響するかという視点を盛り込んだのですが、大企業から中小企業まで「これがあったからこそ取組が進んだ」、と多くの企業から声をいただき、大きな力になりました。必要性に気づいた人が実際に動く時、その一歩を踏み出すためのきっかけは作れたのではないかと思っています。
また、保険外サービスの分野では「介護関連サービス事業協会」の設立を支援しました。2023年から準備を進め、2024年3月に設立された団体です。先日、会員交流会に立ち会ったのですが、同じ課題感と志を持つ方々が集まっているのを見て、非常に感慨深いものがありました。この団体が実効性を持って活動していけるよう、経産省としても引き続き注目していきたいです。
介護は「人のマネジメント」。全世代に関わるテーマへ
結城:最後に、鶴山さん個人としての今後の展望についてお聞かせください。
鶴山:介護は「人のマネジメント」の話でもある、というのが最近の気づきです。仕事と介護の両立は、組織のマネジメントと個人のキャリアマネジメントですし、ケアが必要な方にとっては、ご本人がどう生きたいかというセルフマネジメントです。また、施設側は介護人材をどうマネジメントするかでケアの質が変わってきます。このように、実は介護は全世代に関わる壮大なテーマですよね。
まだまだ社会との距離感は感じますが、介護の現場には「人を大切にする人」が本当に多い。介護が、その人の人生に寄り添う仕事だからこそ、関わる私たちも自分の人生をさらけ出すようなオープンな姿勢が大切だと感じています。そうした見方が広がれば、今の介護のイメージは変わっていくのではないかと本気で思っています。
編集後記:
鶴山氏の言葉の端々から、現場への深い敬意と、社会を変えたいという強い意志が伝わってくるインタビューでした。特に、保険者の方々にとっては、「産福共創」を掲げ、自治体と民間企業が連携して地域の高齢者福祉課題を解決していくという経済産業省の戦略は、今後の事業展開の大きなヒントとなるのではないでしょうか。
鶴山氏が率いた介護チームの3年間の軌跡は、前例踏襲にとらわれず、現場の声を起点にスピーディーに政策を形成し、社会を動かしていくことの可能性を示しています。この熱量が、次の担当者へ、そして全国の自治体や企業へと伝播していくことを期待せずにはいられません。

